終了レポート

ジンベエザメに海のことを聞いてみよう!~海と日本PROJECT~

日 程 :
8月6日(日) シンポジウム 10:00-12:45、サイエンスカフェ 14:00-17:00
開催場所:
海遊館(シンポジウム 1階大ホール、サイエンスカフェ 4階 VIPルーム)
講 師 :
北海道大学名誉教授 仲谷一宏博士
北海道大学北方生物圏フィールド科学センター 教授 宮下和士博士
理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センター ユニットリーダー 工樂樹洋(くらく・しげひろ)博士
司会進行:
海遊館館長 西田清徳博士
主 催 :
海遊館
共 催 :
北海道大学大学院水産科学研究院

サメの仲間とジンベエザメ〜その姿と暮らし〜

 このたびの講演会は、サメ研究者の仲谷一宏博士、海遊館と共同でジンベエザメによるバイオロギングの研究を進める宮下和士教授、遺伝子レベルで脊椎動物の進化を研究する工樂樹洋博士の3名が、約50分間ずつ講演。海遊館でも人気の高いジンベエザメに関して3名の研究者から話が聞けるとあって、徳島、埼玉や千葉県などから参加した人たちもいた。

 乱獲による生息数の激減が危惧されるジンベエザメ。海遊館でも「海くん」、「遊ちゃん」の2匹を飼育中で、4階から7階まで貫く大水槽を悠々と泳ぎ回る姿は、小さな子どもから大人まで大人気だ。

 司会進行を務める西田館長は甚平(甚兵衛羽織)を着て登場。和名「ジンベエザメ」の由来となった甚平の話題で場内の雰囲気が和んだところで、講演会の最初の演者、仲谷博士にバトンが渡された。

 ジンベエザメは、7科13属44種を含むテンジクザメ目に属する。ジンベエザメ科では唯一の種で、全長は大きなもので13メートル以上に達し、サメのなかでは最大の大きさを誇る。ところが、エサは動物性プランクトン。熱帯から温帯にかけて世界中の海の表層面を生息域としている。

 仲谷博士の講演は、テンジクザメ目のテンジクザメ科、クラカケザメ科、コモリザメ科など7科の特徴についてスライドを使いながら紹介。来場者の大半はサメ好き。もうこの時点で、場内の視線は仲谷博士に釘付けとなっていた。

 次に仲谷博士が取り上げたのは、テンジクザメ目のサメの鰓孔の特徴について。鰓孔の数は種により5〜7対あり、テンジクザメ目は5対ある。通常、魚類は口から水を入れ、二酸化炭素を多く含む水を鰓孔から排出する鰓呼吸を行っている。では、テンジクザメ目ではどうか? 仲谷博士は、5番目の鰓孔についての研究成果の一部を紹介した。

 たとえばイヌザメの場合、呼吸水を取り入れる時には1〜4対目までの鰓孔は閉じており、5対目だけ開いている。このことから、第5対目の鰓孔は呼吸水の取り込みに使われているものと考えられる。また、サビイロクラカケザメでは、5対目の鰓孔は大きめで、鰓弁(さいべん)がない。黒インクを付着させたエサを与えたところ、このインクが5対目の鰓孔から排出された。このことから、サビイロクラカケザメでは、5対目の鰓孔は汚水の排水に使われていると考えられる。

 こうした鰓孔の話に耳を傾けながら、会場内ではスマートフォンなどに壇上のスライド写真をおさめる光景が見受けられた。それがもっとも顕著だったのが、テンジクザメ目の生殖法について説明が始まってから。サメは卵生と胎生があり、胎生のジンベエザメでは、一度に300匹もの子どもを妊娠した個体が確認されている。その写真が紹介されると、会場内にどよめきがおこったほど。子どもからシニアまで、世代をこえてサメの話を楽しんでいるのが伝わってきた。

 仲谷博士の講演はさらに、種類によるエサの食べ方にまで及んだ。質問タイムには、プランクトンを食べているのになぜ、魚類で最大のサイズにまで成長できるのか、頻繁に生え替わるサメの歯のメカニズムなどについて質問が寄せられ、おおいに盛りあがった。

海遊館ホールにて開催。受付には早くから参加者が集まった。

甚平を着て登場した西田館長。ジンベエザメの模様は甚平の柄と似ている。

仲谷博士はサメの仲間やジンベエザメの特徴を紹介。

宮下教授のテーマはバイオロギング。ジンベエザメの追跡調査の成果を披露。

バイオロギングでジンベエザメを追う

 続いて10時55分から宮下教授によるバイオロギングの話がスタート。バイオロギングとは、生き物に発信器を装着して生態等を調査することをいい、バイオ(生物)+ロギング(記録)を掛けあわせた造語である。このバイオロギングでは、おおむね以下について観察できる。
① 生き物の行動のメカニズム(泳ぎ方、エサの食べ方、潜り方など)
② 生き物の生理(体温調節、心拍数調整などのしくみ)
③ 生き物の社会行動(子どもの教育や群れの行動など)
④ 生き物の環境(たとえば水中の生き物なら、その行動から水中のさまざまな情報を集めてもらう)

 バイオロギングの歴史は半世紀以上に及ぶ。1965年に南極のアザラシに装着した当時はアナログの記録計が用いられたが、1970年代以降に各国で開発が進み、日本でも1980年代以降、国立極地研究所を中心に開発が進んだ。さらに1990年代以降になるとデジタル式記録計の開発も進み、これは日本が世界に先がけて着手した。1990年代後半以降は、衛星を活用してのデータ回収システムの開発も進み、ゾウアザラシなど洋上に浮上してくる生物では、衛星の活用が進んだ。

 ただし、海中での情報は衛星に届かない。そこで、魚類など洋上に浮上しない生き物については、超音波が活用されている。

 バイオロギングの基本に続き、宮下教授は北海道で行ってきたサケの産卵行動についての研究成果を動画で紹介。カメラを背負うのはサクラマス。テレビ番組など一般的に目にするサケの遡上光景は、俯瞰もしくは、カメラマンが手にする水中カメラを使ったものがほとんど。ところがバイオロギングでは、魚の目線で川の中での産卵行動が見られる。カメラはサクラマスのあいだをスルスルと自在に進んでいき、臨場感たっぷり。場内から驚きの声があがった。

 さらに、宮下教授らのグループは、オホーツク海を南下する流氷に乗ってきたゴマフアザラシの子どもに発信器をつけて行動範囲を調査。オホーツク海沿岸の紋別市沖合で放したゴマフアザラシはサハリンまで泳ぎ、その後、再び南下してオホーツク海を泳いでいたことが判明したという。

 そして、話題はいよいよ海遊館との共同プロジェクトによるジンベエザメの回遊について。このジンベエザメは高知沖の定置網にかかったもの。しかし、最初の2回は失敗。そこで、設定した日時に自動的に切り放されるポップアップアーカイバルタグ(衛星タグともよばれる)を装着。これにより衛星に送信された情報は、衛星を介して研究者の端末に届く。3回目は1か月間のデータ(回遊の範囲)を回収。高知沖から日本列島近海を北上していることがわかった。4回目では黒潮にのって回遊していることが判明。さらに5回目では日本列島をいったん北上したジンベエザメが、6か月のあいだにフィリピンまで南下したことがわかった。

 また、以前は浅いところを泳いでいると思われてきたジンベエザメが、成功した3回の調査で、最大1,650メートルまで潜ったことも判明。しかも、わずか70分間の間に一気に潜り、浮上していた。

 なぜ、短時間のうちに深いところまで潜るのか? 仮説としては、エサを探すため、効率よく移動するため、体温調整(体内にこもった熱を下げる)のためなどが考えられるという。次なる目標は1年間の追跡データの回収で、調査は現在も続いている。

 質問タイムには、「小さい生き物にセンサーをつけて大丈夫?」といった心配の声が、中年の女性からあがった。宮下教授によると、「体重の2〜3%なら大丈夫といわれていますが、悪影響がでそうなときは行わない」とのこと。バイオロギングは慎重に行われているようだ。また、自他共に認めるサメ好き女子高生からは、「プランクトンは深いところにもいるのか?」といった質問も。これにたいして、「プランクトンは表層に多いが、ジンベエザメが中層からさらに深い海に生息するハダカイワシ(体長10㎝メートル以下が多い)を食べていれば、深く潜る理由として考えられる」のだとか。海遊館などの水族館では、飼育中のジンベエザメに入手しやすいオキアミを与えているが、自然界では小型の魚を食べていることもあり得るという。

DNAで見るジンベエザメと私たちの関わり

 そして、11時45分からいよいよ最後の講演に。演者の工樂博士は神戸にある理化学研究所に在籍。主な研究は、「分子進化学&発生学」で、このたびの講演テーマは、「 DNAで見るジンベエザメと私たちのかかわり」について。工樂博士は、ゲノムの違いから解説。ヌクレオチドや塩基といった言葉に面食らっている様子の人も見受けられたものの、「ジンベエザメのゲノムに、過去、何があったのか聞いてみる」と、本題に入ると、サメ好きが集まった会場は、がぜん熱気を帯びてきた。DNAで調べると、たとえば「シノノメサカタザメ」は、サメではなくエイの仲間であることが簡単にわかるとか。DNAレベルでの研究の重要性を思い知らされるエピソードだ。参加者のあいだから「なるほど」とつぶやきも聞こえていた。

 それにしても、ジンベエザメなどの DNAはどうやって調べるのだろうか? 壇上のスライドに、海遊館で行われた採血の様子をおさめた映像が流された。給餌中、立ち泳ぎをするジンベエザメに、ダイバー(飼育スタッフ)がそっと近づき、尾びれのあたりに注射器の針を刺す。ジンベエザメにエサを与えているのは、ほかのダイバー(飼育スタッフ)。オキアミのかたまりを海面に浮上してきた海くん、遊ちゃんのそれぞれに、離れた場所で与えるが、このとき2匹とも立ち泳ぎの姿勢で、海水とともにガバーッとエサを口に入れる。静止に近い状態なので、採血がしやすいという。滅多に見られないその採血シーン。来場者の目線は、吸い寄せられたようにスクリーンへ。

 ここから先の話は、ジンベエザメとヒトの推定ゲノムサイズの比較や、幸せホルモンと呼ばれるオキシトシンのアミノ酸配列の比較などだんだんと高度に。とはいえ、うなずきながら聞いている高校生や大学生風の人たちもいて、参加者の層の広さがうかがわれた。

 質問タイムには、「ジンベエザメから採血し、DNAを調べる理由は採血しやすいからですか?」という質問がよせられた。これに対して工樂博士の答えは、「野生の命を犠牲にしないため」と、じつに明快だ。

 3名の講演を終え、最後は講演者が勢揃いしての質問タイム。仲谷博士がサメの研究者になった動機をたずねる中学生、「海洋生物に関係する仕事につきたいがどうしたらよいか?」と悩みを打ち明ける20代女性などさまざま。

 なかには、今年、三重県で捕獲されたメガマウスザメのバイオロギングについての質問もあり、これには、捕獲直後に現地にかけつけた西田館長が回答。「じつは、あわてて現地にかけつけたので、発信器を持っていくのを忘れました」と、裏話を披露。「途中で気づきましたが、自分たちの都合で捕獲時間が長引くと、その分だけメガマウスザメを弱らせてしまうので、今回はあきらめることにしました」と語る西田館長の話に、来場者の表情がゆるんだことをつけ加えておく。

工樂博士は DNAからサメの進化を追う。成果を期待したい。

海遊館のジンベエザメから採血してDNAを調べる。写真中央にジンベエザメの尾鰭とダイバーが写る。

サメが好きな人たちが老若男女問わず107名も参加。質問タイムも盛りあがる。

京都から参加した松下さんは大のサメ好き。サメ博士の仲谷先生と記念撮影。

午後は 大水槽の前でサイエンスカフェ

 1990年に開業した海遊館には、根強いファンが多く、年間パスポートを購入して、通い詰めるファンもいる。13時まで行われたシンポジウムのあと、14時から行われたサイエンスカフェに集まった20名は、「海遊館 いきものサロン」の方々で、根っからの海洋生物好き、海遊館ファン。海遊館で開催されている定期的な交流会とはことなり、今回は「太平洋水槽の一画にあるVIPルームが会場だ。シンポジウムの講師3名に加えて、サイエンスカフェには海遊館の獣医師、伊東隆臣さんやベテラン飼育スタッフらも参加。ソファにこしかけて、くつろぎながら、参加者全員が自己紹介したのち、3名の講師がシンポジウムの概要を、スライドを使いながら紹介。

 「ミツクリザメは、自分は動かないで、パクッとあごを前に出してエサを食べる。シュモクザメは水平舵を確保しており、エサの脇を通りすぎてから、すぐに回転してエサを食べる」と仲谷博士がサメの摂餌方法について説明しているあいだにも、VIPルームの向こう側では、シュモクザメやエイ、アジなどの回遊魚が泳ぎ回っている。

 「ジンベエザメの追跡調査で……」などと宮下教授が説明している最中に、ガラスの向こうでジンベエザメの巨体が近づいては消えていく。「すばらしいですねえ」と参加者のつぶやきがあちこちで聞かれた。

 いっぽう、工樂博士の話題はシンポジウムではほとんどふれられていない イヌザメについて。海遊館の水槽にも成熟した個体が21匹おり、年中産卵するため、ゲノム研究などに利用できる条件が整っていたという。いまはどのメスが卵を産んでいるか判別できていないため、宮下教授のバイオロギングの技術で産卵行動を調べてみたいと抱負を語った。

 この後、サイエンスカフェの後半は、参加者全員が思い思いの場所でフリートーク。その大半は、水槽の前に立ち尽くしたまま、西田館長や仲谷博士をはじめとする講師陣や海遊館スタッフと談笑。日頃の疑問をたずねたり、海への熱い想いを語ったり。海のスペシャリストと海好きの会話は途切れることなく、17時の終了まで続いた。

14時からサイエンスカフェを開催。ジンベエザメをはじめ、さまざまなサメが泳ぐ太平洋水槽の前で。

時速約12〜13キロメートル。ゆったりと泳ぐジンベエザメを間近に観察しながらサメの生態について語り合った。

休憩時間には、水槽前に。エイ、ジンベエザメ、シュモクザメなどを心ゆくまで鑑賞。

高校1年の西岡春樹さんは、金魚の飼育がきっかけで魚に興味を持ち、最近はサンゴを育てている。海洋生物や海への興味は尽きることがない。

(佐々木ゆり)

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