終了レポート

海と日本PROJECT エビ・カニをもっと知ろう!

  
日 程 :
8月9日(水)10:00-15:30
開催場所:
千葉県立中央博物館分館海の博物館(勝浦市)
講 師 :
奥野 淳兒(おくの・じゅんじ)千葉県立中央博物館分館海の博物館上席研究員
和田 哲(わだ・さとし)北海道大学大学院水産科学研究院教授
主 催 :
千葉県立中央博物館分館海の博物館
共 催 :
北海道大学大学院水産科学研究院
目 的 :
房総半島の沖合では親潮と黒潮がぶつかり、沿岸には南方系、北方系、その中間系など多彩な生き物が生息する。千葉県立中央博物館分館海の博物館がある勝浦市の海岸で見かけるエビ、カニ、ヤドカリなどの十脚甲殻類を観察し、房総半島の生物多様性を体験する。

磯場で十脚甲殻類を探す

 会場は、千葉県勝浦市にある千葉県立中央博物館分館海の博物館(以下、海の博物館)。開催日の8月9日は35℃を超す猛暑となり、JR外房線鵜原駅から徒歩約15分の「かつうら海中公園」にも朝からおおぜいの観光客が集まっていた。海の博物館は、この海岸のすぐ前にある。1999年3月の開館以来、数々の観察会を開催してきた。今回は、①野外観察、②展示室でのエビ見学、③実験室でのヤドカリ観察。3通りの方法でエビやカニなどの身近な十脚甲殻類の生態を観察する。

 午前10時、受付をすませた参加者16名は海の博物館1階ロビーに集合した。チラシ配布などで応募した彼らは、埼玉、東京、千葉などの学校に通う。理科部、生物部などの団体参加もあれば、単身で参加した甲殻類好きの中学生も2名ほど見受けられた。おもしろいことに、甲殻類は男子が好む傾向があるという。女子中高生に人気があるのはウミウシのような軟らかい生き物だそうで、この観察会では参加者16名中、女子は1名しかいなかった。

 さて、イベントは新和宏分館長のあいさつでスタート。そして、すぐに奥野淳兒先生へと引き継がれ、全員で海岸へ。ここは、かつうら海中公園の横。右手には海中展望台もある。勝浦は古くから千葉県有数の海水浴場として知られ、景観の美しさから観光地として栄えた歴史がある。また、近くには「鵜原理想郷」と呼ばれる大正時代の別荘地跡も残る。そして、勝浦の漁港はキンメダイ漁、サバ漁で賑わい、全国でも1、2を争うカツオの水揚げ地だ。その豊かな海で、エビ、カニ、ヤドカリを観察する。

 「この海にはウツボもいます。もし見つけても、不用意に手を出すと危険なので気をつけてください」

 ウツボはエビやカニを好んで食べる。そのウツボが生息するということは、エビやカニが多い証だ。房総半島ではウツボのことを「ナマダ」とよび、漁も行なわれている。勝浦から少し離れた館山や鴨川では、ウツボの一夜干しが特産品として売られているほどだ。しかし、今回は、ウツボに遭遇した参加者はいなかった。

 観察中はちょうど干潮と重なり、あちこちに潮だまりができていた。ヤドカリを筆頭に、ムラサキウニやイソギンチャク、フジツボ、ハゼやギンポの仲間などが泳ぎ回っている。遠浅の磯の水深は膝丈程度。リュックを背負った中学生、首からタオルをぶら下げた高校生など参加者16名は、奥野先生からエビ、カニ、ヤドカリの探し方を教わると、思い思いの場所で生き物探しに没頭した。

 奥野先生が編集・執筆した冊子『海の生き物観察ノート① 磯でみられるエビ・ヤドカリ・カニ』(千葉県立中央博物館分館海の博物館)によると、潮だまりで目につくのはヤドカリだが、潮だまりの底にある石の陰にはエビやカニは隠れているという。

 奥野先生のアドバイスに従い、そっと石をひっくり返してみると、たしかに、カニやエビが!? ベニツケガニ、イソクズガニ、イボイワオウギガニ、イソガニ、イワガニなどが出てくる、出てくる。捕まえたカニを集め、全員で観察した。

 「おおッ、これはスベスベマンジュウガニですね!」

 暗褐色の甲に斑模様のある、幅5〜6㎝のカニを手に取り、奥野先生が歓声をあげた。

 「スベマンは、フグ毒の成分であるテトロドトキシンをもっていて有毒です。食べると危険です」

 その話を聞いていた参加者の表情が一瞬、凍りついた。有毒ガニ……、生物の多様性をカニだけで実感できるほど、わずか1時間半のうちに何種類ものカニをつかまえ、観察できた。思いがけない収穫物もあった。ほかの魚を飲み込み、喉詰まりして窒息死した魚を、唯一参加した女子高生が発見したのだ。飲み込みきれなかった小魚の尻尾が、絶命した魚の口から見えている。これも豊かな海だからこそ見られる珍事なのだろう。

千葉県立中央博物館分館海の博物館。

野外観察場所の全景。右手奥に海中展望台が見える。観察会は写真左手の磯場で。

干潮と重なり水深は膝丈ほど。海藻の種類も多く、小さな魚や甲殻類類には格好の棲み家だ。

女子では唯一の参加者、竹内さん。食べた魚で喉詰まりしたらしい魚を発見!

高校生トリオも奮闘中。

採集物は水槽へ。

それぞれ別々に参加したが現地で意気投合。

潮だまりの石をひっくり返すとカニやエビが!!

こんなのを見つけました!

ムラサキウニやエビなどさまざまな生物を採集。ヤドカリ以外はすべて海に戻した。

イボイワオウギガニ。

これが有毒のスベスベマンジュウガニ。

資料を見ながら採集した生き物をチェック。

企画展で食材のエビについて知識を得る

 午後は、「夏休み海の学びスペシャル エビざんまい」を奥野先生の解説付きで見学。イセエビ科のなかでは最大のニシキエビや房総半島には生息していないイセエビ科のゴシキエビの標本、房総半島でとれるイセエビ(一般には伊勢海老と表記されることが多い)、千葉県の銚子で水揚げされているボタンエビなど、食材として身近にあるエビの剥製や写真などを観察した。

 ボタンエビと聞くと、寿司種の「ぼたんえび」を思い浮かべるのが一般的。しかし、流通している「ぼたんえび」の大半は北海道やロシアの海域に分布するトヤマエビ Pandalus hypsinotusやカナダ産のスポットシュリンプ  P.platyccerosだという。標準和名のボタンエビ Paundalus nipponensisは、福島県〜九州までの太平洋岸と東シナ海の水深100〜480mに分布し、漁獲量は少ない。銚子は数少ない産地のひとつで、禁漁期間の7〜8月以外の季節なら、銚子で食べられるという。この奥野先生の経験にもとづく貴重なグルメ情報には、引率の先生たちが反応。中高生諸君はピンとこなかったようだ。

企画展で食材のエビについて学ぶ。

企画展では鹿児島県以南に分布するゴシキエビなど房総半島では珍しいエビの標本も展示。

銚子のボタンエビは絶品らしい。

こんな珍種もパネルで紹介

海の博物館の入口前で記念撮影。みんないい笑顔です!

ヤドカリの引越しと繁殖行動

 最後は、実習室でのヤドカリ実験へ。講師は北海道大学の和田哲教授が務めた。まずは奥野先生からヤドカリを貝殻から追い出す方法の説明があった。

 「机の上にあるタオルを電子レンジで温め、これを使ってヤドカリをからから外に追い出します」

 この話に、室内がざわめいた。

 「殻がタオルの熱で温められると、ヤドカリは熱がって出てきます。ヤドカリの前に、別の殻を置いておくと、ヤドカリはそちらに移動します。その様子を観察しましょう」

 ところが、ヤドカリ追い出し作戦は思い通りにいかず、みな、悪戦苦闘。タオルを温め直す人、ヤドカリが出やすいように、殻の向きを斜めにしてみる人など、それぞれに工夫をこらしていた。

 和田先生の説明のもとで、キサゴの貝殻をたくさん入れた水槽に、別のヤドカリを入れてみた。今度はヤドカリが貝殻を丁寧に調べて引っ越す様子が観察できた。貝殻を調べるのに時間はかけたが、引越し自体は、歌舞伎の早替えのように一瞬だった。

 「用意したのはキサゴの貝殻で、通常、この貝は水深5〜10mの深いところに分布しているため、磯場にはあまりいません。ヤドカリにとっても見たことがない殻ですが、すぐに入るでしょう。ところが、この殻は薄いのでカニに食われやすい。実際に殻に入ってみてヤドカリがこれはよくないと判断したら、元の殻に戻るはずです」

 和田先生の説明どおり、ヤドカリたちは新居に引っ越して、すぐにまた元の殻に戻った。 

 驚いたことに、ヤドカリはジュラ紀(約1億9960万年前〜約1億4550万年前)から、貝殻を探して引っ越すことを、延々と続けてきたという。ジュラ紀といえば恐竜が活躍した時代。人類よりはるかに古くから地球の住人だった。アンモナイトに入ったヤドカリの化石もあるそうだ。

 ところで、殻から出たヤドカリの体は、通常は殻の中にあって見えない「腹節」が右側にねじれている。腹節とは、エビでいうと、頭から下——食べる部分。エビは、ひとつひとつの節が発達している。しかし、貝殻から出たヤドカリの腹部は柔らかく、たしかにねじれていた。

 和田先生は、ヤドカリの繁殖行動についてもレクチャーした。繁殖行動の動画で、オスがどうやってメスを選ぶのかも観察した。オスはメスを抱きよせるように脚でつかむ。そして、気に入らないと、ほかのメスを抱え込む。「優柔不断な行動で非人道的ですが、これは人間じゃなくてヤドカリですから」と和田先生が冗談交じりの説明を続けるあいだも、参加者の目はヤドカリに釘付けだ。磯で見なれたヤドカリを、繁殖行動というテーマで観察する機会は滅多にないからだろう。

 さて、オスのメス選びでは、2つの仮説が立てられた。
① 産卵数の多い大きな体のメスを選ぶ。
② メスの成熟度が高くて、交尾から産卵までの日数が短く、他のオスからメスを守る期間が短期間ですむ相手を選ぶ。

 では、結果はどうか? 和田先生の説明を表にまとめた。

ヨモギホンヤドカリ
Pagurus nigrofascia
北海道南部から九州に分布。函館や千葉では春に繁殖。メスは交尾・産卵前に脱皮する。 オスは、成熟度の高いメスを好む。
テナガホンヤドカリ
Pagurus middendorffii Brandt
北海道など冷水域に分布。函館では10〜11月に繁殖。 オスは、体が大きく、成熟度も高いメスを選ぶ。
ホンヤドカリ
Pagurus filholi
北海道以南の日本各地に分布。潮だまりでは多く見かけ、今回も目立った。千葉では冬期間繁殖。 オスは2匹のメスをガードしたが、どちらも選ばないこともあった。過去にガードしたメスと再会させると、そのメスをガード。過去のメスが大きいほど新しいメスを選ばない。

 実験を終え、ヤドカリたちはまた海へと放された。いっぽう参加者は、実験終了後の和田先生の講義にも耳を傾け、驚くほど熱心だ

 「この近くの大原市に住んでいますが、ヤドカリについては知らないことばかりだった。面白かったです」と千葉県立大原高校生物部の部員。

 「殻から出てきたヤドカリはグロテスクだったけど、触ってみるとグミみたいにプニョプニョしているのに、硬かった。殻の中に隠れたヤドカリの本当の姿は、今回、初めて知りました」とは、勝浦から電車で1時間ほど離れた千葉県船橋市から一人で参加した中学1年生男子。

 小さなトレーの上でくり広げられたヤドカリの宿替えと繁殖行動観察。一時も目を離せなかったほど変化に富み、参加者全員が興奮した2時間だった。

実験室でヤドカリの観察。熱いタオルの上にヤドカリをのせ、熱がって出てくるのを待つ。

さっきまで炎天下にいたヤドカリたちは暑さになれていたのか、なかなか殻から出てこない。

みんな夢中!

「やったね、殻から出てきたよ!」

空き家を探す。

まとめの講義は、ヤドカリの繁殖活動について。オスもメスも種を残すために必死。

(佐々木ゆり)

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