イベント内容
海遊館では、大阪湾に生息するスナメリの調査を行ってきました。今回、地元の中学・高校生を対象に環境学習を兼ね、5月・6月・7月の計3回、船舶を利用したスナメリ調査を計画しました。5月は荒天のため、6月は船の都合により中止となり、結局、7月14日と7月30日の計2回の実施となりました。
2回目の調査(7月30日)は、関東から西日本へと異例のコースをたどった台風12号の影響が心配されたものの、大阪は朝から快晴。午前9時15分、チャーターした遊漁船で、「天保山」の名称で知られる海遊館前の岸壁から出港しました。参加したのは、大阪市立築港中学校、大阪府立市岡高等学校、尼崎ネイチャークラブの生徒たち20名と引率の教師5名。海岸生物研究者である大阪市立自然史博物館外来研究員の大谷道夫さん、海遊館のスタッフ2名が講師を行いました。生徒たちは昨年の調査に参加した数名を除き、ほとんどが初めてでした。
大阪港(天保山)〜関西空港島沖〜大阪府阪南市の西鳥取漁港をめぐるコースの所要時間は片道約3時間。途中、大阪港の出口付近と関西空港島沖で水温・塩分・溶存酸素濃度・透明度を測定。スナメリの目撃例が多く「スナメリの聖域」といわれる関西空港島沖で約30分間、スナメリがいないか目視調査を行いました。
関西国際空港では、数分間隔で旅客機が離発着しています。スナメリの生息域とは思えない信じられないほどの至近距離です。けれども、ここはスナメリの好物のカタクチイワシなどの魚類やタコ、エビ、シャコなどが豊富に獲れる場所で、漁師さんの漁船も集まる場所です。スナメリの好物は、人間が利用する水産生物と同じなのです。
スナメリは、ネズミイルカ科に属する体長2m程の小型のイルカです。体色は薄い灰色で、日本の沿岸で見かけるハンドウイルカやマイルカのような背びれやクチバシがなく、警戒心も強いイルカです。日本では、大村湾、有明海の橘湾、瀬戸内海、伊勢湾、東京湾〜仙台湾でそれぞれ個別の集団に分かれて生息しています。水深50メートル以下の海にすみ、特に水深20m程度の浅い場所を好みます。
「スナメリは、背びれがなく、ジャンプもしないので出没の前触れがわかりません。呼吸するときに浮上してくるだけです。海面が鏡のように静かだと、浮上する1秒くらい前にモヤモヤとしたものが見えてきますが、50センチの波があるだけで、もう見えない。スナメリというと、白というイメージがありますが、実際には茶色やピンクに見えます」と、海遊館でスナメリの調査を担当している飼育展示部海獣環境展示チームマネージャーの西本周平(にしもと・しゅうへい)さん。
「一点を凝視しないで、100メートルくらい先を、90度くらいまで視界を広げて、ボーッと見てください。今日は台風の後なので、ゴミや流木も浮いているのでまちがいやすいけれども、沈んだらスナメリの可能性があります」
「へぇ〜、ボーッと見ていればいいんだ」
「スナメリ、出てこ〜い!」
こんな声が甲板のあちこちから聞こえてきました。
この日、大阪市内の最高気温は34.6℃。ギラギラと照りつける日差しで海もきらめき、「暑い、暑い」といいながらも、参加者たちの視線は海面へ。
「あ〜ッ、何かおる!?」
叫び声に、船上はざわめいたものの、残念ながら流木でした。その向こうには、漁船が何艘も浮かんでいました。
「みなさん、あの船は底曳き網漁を行っています。このあたりの海では、カタクチイワシやアジ、サワラ、マダイ、タコ、エビなどが獲れます。海鳥が集まっているあたりにも魚がいるので、スナメリがいるかも知れません」
観察会の陣頭指揮をとる海遊館飼育展示部普及交流チームの北藤真人(きたふじ・まさと)さんが、マイクを片手にこう説明すると、参加者の視線はいっせいに漁船や海鳥に向けられました。みんな、目をこらしてスナメリの影を探しています。けれども、それらしい影は見つかりませんでした。
船は、阪南市の西鳥取漁港へと向かい、上陸して昼食をとりました。その後、海中に吊るしていたカキ養殖用のロープを漁師さんに引き上げてもらい、そこに付着した様々な生き物を観察しました。ニセシロウスボヤ、ムラサキイガイ、フタミゾテッポウエビ、クモヒトデの仲間、ウミウシの仲間、ヨツハモガニ、ヒメケブカガニなどなど、研究者の大谷さんが次々に名前を教えてくれました。さらに、漁港に浮いていたミズクラゲをすくい上げ、水槽に入れて観察。「きれい〜」、「かわいい〜」などと口々に叫びながら、みな、歓声を上げていました。
楽しかった観察会はあっという間に過ぎ、午後2時半に西鳥取漁港を出港。阪南市の沿岸を北上し、関西空港島と対岸のりんくうタウン(大阪府泉佐野市)を結ぶ連絡橋の下をくぐりぬけて一路、海遊館へ。途中、スナメリを見つけるラストチャンスとあって、強烈な午後の日差しを浴びながら、暑いのもこらえて、参加者の多くが甲板で目をこらしていました。
「いた〜ッ! あれ、スナメリやないか?」関西国際空港が近づいてきた頃、船の後方で叫び声が上がりました。往路とは逆の、沿岸寄りのエリアです。最初は波の盛り上がりのように見えましたが、ヌメっとした薄茶色の物体が浮かび上がってきました。「あれは、絶対にスナメリや〜!」。再び、叫び声。あわててシャッターを切りました。物体は、波間に数秒間浮かび、その後、見えなくなりました。近くには流木も浮かんでいましたが、こちらは沈むことなく、波間を漂っていました。
「あれは、絶対にスナメリや。そう、信じたい」と、発見の第一声を上げた築港中学校の先生。「自分もそう思う」という声も聞こえてきます。はたして真相はいかに?
撮影した写真を拡大してみると、昨年の調査で撮影されたスナメリの様子と酷似していました。残念ながら、船首にいた海遊館の北藤さんや西本さんが気づく前に、ナゾの物体は消えてしまったため、この写真がスナメリかどうかは不明です。
護岸工事や埋め立てが進み、魚もスナメリも減ってしまった大阪湾。「この辺でスナメリがいちばんよく見られるのは3月から5月頃です。漁をしていると、底引き網の船の後ろに付いてくるスナメリもいる。昔はたくさんいたんだけど、魚も獲れなくなって、スナメリも減ってしまったな」と、教えてくれた西鳥取漁業協同組合理事の名倉勲(なくら・いさお)さんの言葉がよみがえります。
昨年もスナメリ調査に参加した市岡高等学校2年の佐藤未柚(さとう・みゆ)さんは、「見られなかったのは残念だけど、大阪湾を身近に感じられました」と、声をはずませていました。
参加者のなかには、船酔いしてしまった女子も何人かいましたが、熱中症で倒れるようなこともなく、無事に帰港。大阪湾の自然や漁業にふれた参加者にとって、かけがえのない体験になったことはまちがいなさそうです。
(佐々木 ゆり)