マリン・ラーニング

【イベント終了レポート】

海や船と星と科学を伝える人のためのワークショップ
~海と日本プロジェクト~

開催日
2016.10.02(日)
時 間
■第1部 AM10:00~AM11:30
 講演「星と人をつなぐ仕事 -プラネタリウムとともに」
■第2部 PM1:00~PM3:00
 天測を題材とした工作ワークショップ
会 場
公立はこだて未来大学
主 催
サイエンス・サポート函館

人類は数千年来かわらず星空を見上げてきた

山梨県を拠点に活動している高橋真理子さんと跡部浩一さんを講師に招き、星と人の関わり、星を活用した航海技術の発展などについて講義していただいた。

 10月1日のプラネタリウム上映会につづく2日目のイベントは、会場を公立はこだて未来大学に変えて開催。山梨県甲府市を拠点に活動する「星空工房 アルリシャ」の高橋真理子(たかはし・まりこ)代表と「ライトダウンやまなし実行委員会」の跡部浩一(あとべ・こういち)事務局長のおふたりを講師に迎えました。

 前日のプラネタリウム上映会で、“宙先案内人”として参加者を宇宙旅行へと導いてくれた高橋さんは、「つなぐ」「つくる」「つたえる」をキーワードに、「星」を通じて多彩な人と分野をつないできました。「星を見た経験は、たくさんの人にあります。なぜなら、ずっと変わらずそこに星があるから。数学は星を見ることからはじまり、時間の概念も星があったから生まれました。星を見上げる視点を思い出すことさえできれば、一人ひとりはもっと心豊かになれるはず」と高橋さん。最古の都市文明といわれるメソポタミア文明初期のシュメールでは60進法を取り入れ、太陰暦をもちいていました。やがてカルデア人へと引き継がれると太陰太陽暦を使い、12星座による占星術も生まれます。農耕の民だったシュメール人にとっては四季を知る手がかりとなり、遊牧の民だったカルデア人には砂漠を移動する際の道しるべ。そして、メソポタミアから遠く離れたミクロネシアの海の民も、航海に星を利用していたといわれています。函館市内に残る縄文遺跡をはじめ、日本各地から丸木舟が出土していますが、日本列島の海の民も、きっと、星空を利用していたことでしょう。

高橋さん(写真左)と公立はこだて未来大学の美馬のゆり教授(写真右)。美馬教授が手にするのは高橋さんの著書、『人はなぜ星を見上げるのか』。

 ところで、第1部講演会で演壇に立った高橋さんは、前日上映した宇宙映像のダイジェスト版を上映。さらに、ミクロネシアの人々が航海に星空を活用していたことなど人類の関わりについて講義。そのなかには、心にとどめておきたいエピソードも……。

六分儀による天測航法

戦時中、天測航法で使われた気泡六分儀(写真中央)と高度方位暦(写真左)。写真右側の「天測暦」は海上保安庁でつい最近まで使用されていたもの。

 2006年、山梨県立科学館のプラネタリウムでは、同館が制作したプラネタリウム番組「戦場に輝くベガ—約束の星を見上げて−−」が初投影されました。ベガは、こと座に輝く恒星、織姫星のこと。番組の舞台は、太平洋戦争末期の1943(昭和18)年から1945(昭和20)年にかけてのお話です。

 海軍飛行予備学生として翌日に入隊を控えていた大学生の和夫は、幼なじみの女学生、久子とふたりで、ある晩、星空の下にいました。灯火管制がしかれていた夜空には天の川がきらめき、ベガは、そのかたわらで輝いています。「きびしい時や苦しい時には、あのベガを見上げるんだ。ぼくも見上げる」と和夫は久子に約束しました。

 入隊した和夫は、その後、実在した海軍の陸上爆撃機「銀河」に搭乗し、偵察員として飛行機のナビゲーションや爆撃などを担う任務につきます。現在の航空機は夜間の飛行中でもGPS(Global Positioning System:全地球測位システム)によって自分の位置を知ることができますが、70年ほど前の航空機は、天測航法(天文航法)によって飛行。これは、太陽、月、恒星など目視できる星と水平線との角度から自分の位置を知る方法です。

 18世紀にヨーロッパで八分儀や六分儀が発明されると、航海技術は格段に向上し、このことがヨーロッパの世界進出を陰で支え、その後の世界史に大きな影響を与えました。

六分儀の使い方を試す。太陽を観察する予定が、天候の都合で変更。吹き抜けホールの2階バルコニーに貼り付けた星マークを見る。

 一方、日本では、記録に残るかぎりでは、18世紀末に六分儀がお目見え。ところが、航海に使うより、もっぱら測量のために用いられていたそうです。しかも、その理由が、六分儀を使って海を渡り、日本列島周辺海域に姿を見せるようになった欧米列強から国を守るためにおこなわれた測量だったというのですから、なんとも皮肉な話です。しかし、それから90年ほど後に「銀河」に乗ることになった久夫には、航空機用に開発された「気泡六分儀」が渡されました。久夫たち海軍飛行予備学生は短期間の訓練で天測航法を覚えましたが、正確な位置情報を即座に得るために、海軍水路部では、主だった星の高度を計算し、1冊にまとめた「高度方位暦」を搭乗員に携行させていました。そして、偶然にも久子が通っていた女学校が海軍水路部に女学生を送り出し、久子も計算をおこなうことになったのです。物語は悲しい結末を迎えますが、この番組の企画段階からたずさわった高橋さんや前出の跡部さんらは、関係者を訪ね歩き、当時の様子を取材して番組を制作。第2部の「天測を題材とした工作ワークショップ」では、物語にも登場する本物の「気泡六分儀」「六分儀」「高度方位暦」を見せてもらい、計測体験をしました。

自作の「バックスタッフ」を手に、「参加してよかった」と笑う遺愛女子中学校の瀬野亜依さん。

 参加者のあいだからは、「意外に重たいねえ」といった感想もあれば、「使い方が難しい〜!」といったぼやきも。その後、百円ショップで売られているプラスチック製の定規とたこ糸、伸縮棒、セロテープを使って「バックスタッフ」という天測機器にならい、参加者がそれぞれに自作。「部活で地学部に所属しているので、今日はいろんなことが勉強できてよかったです!」とバックスタッフを手に元気に答えてくれた、遺愛女子中学校高等学校瀬野亜依(せの・あい)さんも、充実した日曜日になったようです。

 イベント開催の数日前、NASA(アメリカ航空宇宙局)は、木星の衛星エウロパの表面で水と思われるものが噴き出しているのを観測したと発表。旅行社の公式サイトに「宇宙旅行」の4文字も並ぶようになり、人類と星の関わり方は、新たな時代を迎えようとしています。

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