マリン・ラーニング

【イベント終了レポート】

はこだて国際科学祭2016企画展 「海を食べよう」3つの海が育むもの。―海と日本プロジェクト― アートするパネル展で津軽海峡文化圏のグルメを知る

開催日
2016.08.20(土)~28(日)
会 場
五稜郭タワー アトリウム
主 催
サイエンス・サポート函館
共 催
北海道大学大学院水産科学研究院

函館グルメを支えるコンブとスルメイカ

 函館といえば夜景と函館山。スルメイカ(マイカ)漁が最盛期を迎える夏から秋は、その夜景に漁火が灯り、いつもとは違う幻想的な風景があらわれます。函館で本格的にイカ漁がはじまったのは、明治時代になってから。北前船を通じて京都、大阪をはじめ、琉球王国経由で中国大陸にまで流通していたコンブに加えて、明治以降はスルメイカも函館の特産品になりました。

 新鮮なスルメイカは、外套膜(がいとうまく)が鮮やかな赤茶色で、透明感のある身はコリッコリ。函館には、朝に水揚げされたスルメイカを売る行商がいまも残り、移動販売のトラックを見かけることがあります。その新鮮なイカを刺身にしたり、イカゴロ(肝臓)で自家製の塩辛をつくったり‥‥。名物の「イカソーメン」の名称が登場したのは、この20年くらいのことで、イカの刺身を細く切り「ソーメン」と表現しただけで、アワビやウニなど刺身界の大御所たちを尻目に、函館グルメのトップに躍り出たのですから、ネーミングの勝利。イカソーメンを食べられる駅前の朝市には、早朝から観光客が集まり、英語や中国語をはじめ、各国の言葉が飛び交っています。

 函館駅前から市電に乗り、終点の函館どつく前で降りて数分歩くと、のどかな漁村といった風情の漁港があらわれます。7月下旬に訪れると、集魚灯のメタルハライドランプを装備したイカ釣船が何艘か浮かんでいました。背後には函館山がせまり、旅行雑誌などで知る函館とは異質の風景です。

 「函館どつくの近くにある港? ああ、入船漁港ですね。あそこは函館漁港ともいいますが、明治になってから、幕末に造られた台場の石をリサイクルして建設した港なんですよ。木造の古い民家も残っているし、いい雰囲気ですよね」とは、北海道大学大学院水産科学研究院研究院長の安井肇先生。

 「コンブ博士」として知られる安井先生は、京都育ち。その京都には、足利義満が南北朝を合一した1392年創業の昆布屋が現存。ここでは、函館周辺で採れる真昆布(マコンブ)を5年間も寝かせて加工した「比呂女(ひろめ)」という、じつに上品な味の塩昆布が売られています。「ヒロメ」は昆布を指す古い言葉で、室町時代にはすでに函館で採れた「宇賀昆布」が京都で流通していました。

 コンブを積んだ船は、津軽海峡から日本海を南下して北陸の港へ。津軽海峡をはさみ、函館がある渡島半島の南東端部と下北半島の大間町の距離は18.7kmほど。そして、津軽半島の竜飛岬と函館に近い松前町白神岬の距離は約19.5km。全長約15kmの東京湾アクアラインと比較すると、その差は3〜4km。渡島半島と下北半島、津軽半島はじつに近いのです。

縄文人も行き来した津軽海峡

 津軽海峡は海面が100m以上も下がった1万2000年前の最終氷期(最近の氷河期)でさえ陸続きになったことがない、とされています。1万2000年前といえば縄文時代。渡島半島や津軽半島には縄文人が住んでいました。縄文時代後期の遺跡からは、本来、北海道には生息しないイノシシの骨が見つかり、これは丸木舟で運ばれたと考えられています。潮流の速い海を丸木舟で渡るなんて、縄文人は航海の達人だったのかもしれません。2016年3月の北海道新幹線の開通で、青森−函館をめぐる旅が注目を集めていますが、津軽海峡をめぐる文化圏は縄文時代から存在していたのです。

 8月20日から28日まで「五稜郭タワー アトリウム」で開催された《はこだて国際科学祭2016 企画展「海を食べよう」3つの海が育むもの。−海と日本プロジェクト−》では、こうした津軽海峡文化圏の「食」に焦点があてられました。

イカの回遊ルートをパネルで紹介。

 会場の「五稜郭タワー アトリウム」は、箱館戦争(明治元年—明治2年)の舞台となった五稜郭に隣接する施設で、展望台から下りてきた人たちの休憩スペースとイベントスペースが一体化したガラス張りの広場です。ここで「はこだて国際科学祭」がおこなわれるようになって、今年で8回目。主催するのは、函館市内の高等教育機関や有志らでつくる「サイエンス・サポート函館」(代表:美馬のゆり公立はこだて未来大学教授)。函館圏での科学コミュニケーション活動に取り組んでいるこの連携組織は、楽しみながら科学に触れてもらおうと、2009年から科学祭を開催。「健康」、「食」、「環境」を3本柱に据え、「食」がメインテーマの今年は、科学や歴史など幅広く函館エリアの食について再考し、20枚のパネルで紹介されました。

 「海にはどこでも魚がいるのかな?」と題したパネルでは、植物プランクトンの指標となる、世界の海のクロロフィルaの分布状況を表示。海は地表のおよそ70%も占めていますが、漁場の範囲は限られ、植物プランクトンを豊富に含む親潮が流れ込んでいる北海道や東北の周辺海域は、世界有数の好漁場に恵まれているそうです。

「森は海の恋人」を合い言葉に、養殖に 不可欠な森づくりを提唱してきた畠山重篤さん(右)も来場。

 また、パネル展では、スルメイカの回遊ルートや、コンブの生産現場の写真なども展示。いずれも、写真やイラストを中心としたパネルで、一見するとアート展。パネル展の企画・運営を担当し、函館の歴史や食文化に詳しいフリーライターの谷口雅春さんの話では、「パッと見てわかりやすいように、解説文を短めにして、ビジュアル効果を優先しました」とのこと。ギャラリーに立ち寄る感覚で、函館の食について知識を得られ、まさに、楽しみながら科学に触れられるイベントです。パネルの前では、観光客や市民が入れ替わりで足を止めていました。

 津軽海峡文化圏が悠久の時を経て育まれてきたのは、食材の宝庫が目の前に広がっていたから。海水温の変化による影響で、函館周辺では最近、ブリの水揚げ量が増加。はたして「船上活〆神経抜き(せんじょうかつしめしんけいぬき)」のブリは、グルメ王者のイカソーメンに迫れるか? これから先も目がはなせません。

函館近郊ではこのようなコンブ干し場も見られる。
パネルに見入る外国人の姿も。
五稜郭タワーのマスコット「GO太くん」。